Kimlahimvic’s Diary

Rock, Book, Beer, and Soccer などのとりとめのない話

ブルースが来るぜ! 君は騒音寺を知っているか?

2007〜8年頃だったと思うが、私は騒音寺というバンドにどハマりして、

東京近郊でライブがある時はほぼ必ず行く、

という時期が1年ちょっとくらいあった。

 

騒音寺を知ったきっかけは確か、テレビブロスで紹介されてる記事を目にしたことだと思う。

(そう言えばこの頃はテレビブロスも面白くて、毎号買っていた)

 

その記事はロック写真家・ライターの久保憲司さんが書いていて、

 

騒音寺を尊敬する岸田繁くんがプロデュースすれば、有名になっていいのに。」

 

との一文が心に残っていた私は、

ある日お茶の水JANISに行った際、騒音寺のCDを借りて聞いてみたのである。

 

 

 

一聴して度肝を抜かれた。

 

 

まるでストゥージズにローリング・ストーンズ、ディープ・パープルをミキサーにぶち込んで粗挽きにしたような、骨太なロックンロール。

 

それでいてとんでもないオリジナリティ。

 

昔話を題材にした『道成寺』や『狐か狸か』、

民謡をアレンジした『乱調秋田音頭』などの、

ディープな日本のモチーフ。

 

琵琶法師の説法のような語りのバックで、フリーキーなリフが鳴り続ける『道成寺』や、

訛りが上手すぎて何を言ってるのか本当にわからない『乱調秋田音頭』など、

こんなバンド今まであった!?

さすが京都、恐るべし!

 

と、一瞬で好きになり、それまで出ていたCDを一気に買った。

 

 

同時に、ライブにも行き始めた。

最初に見たのは川崎クラブチッタの、新年のイベントだったように思う。

以降は東京でのライブは下北沢club cueと、新宿red clothが多かったと思うが、

時には千葉や横浜にも遠征した。

 

ライブもすごかった。

演奏ももちろん最高だったが、ナベさんのエンターテイナーっぷりが輪をかけてすごい。

 

見上げる長身に痩躯の長髪、ド派手なジャンプスーツでナベさんが登場すると、

騒音寺目当てでない客も全員が目を奪われた。

 

呆気にとられている間に、ぶちかますロックンロール。

ライブの一曲目は『社会の窓から』『Karasu On My Shoulder』あたりが多かったと思う。

 

そして2、3曲かますと今度は、ロックスター然としたルックスと裏腹に、

関西弁の鉄板MCで、必ずひと笑いとる。

 

それでフロアにいる観客は完全に騒音寺の虜になっていた。

 

 

 

 

特にTHE NEATBEATSとの対バン時の真鍋さんとの掛け合いは、

並の芸人よりよっぽど面白かった(笑)。

 

 

そんなこんなで騒音寺にどハマりした私は、

iPod騒音寺の楽曲をコンプリートで毎日聴きつつ、

1〜2ヶ月に一度くらい、東京近郊のライブに通う、という生活を1年くらい続けた。

 

 

横浜の中華街近くのライブハウス(名前忘れた)の時は、

ナベさんが中華街で100円で買ったという、1回拭いたら壊れたハーモニカのおもちゃを、

ナベさんが投げたのをキャッチした。

 

その後、フロアの後方で休もうとして空いてるところに腰掛けたら、

隣にナベさんが座っていて、

「わあ!びっくりした!!」と言ったら、

「おるで!」と言われたこともある。

 

またある時は、ステージ中「みんなやって欲しい曲ある?」と問いかけるナベさんに、

どうしても『教訓1』(加川良のカバー)をリクエストしたかったが、

とっさに言えなかったことも。あれはred clothだったかな。

 

 

 

対バンのバンド達も、いいバンドがいっぱいあった。

 

やはり一番はTHE NEATBEATS

エンターテインメント性では騒音寺に全く引けを取らないが、

こちらもゲキ渋なロックンロールバンドだ。

真鍋さんは眉を動かすだけで笑いを取れた(笑)

 

ザ・サイクロンズ、夜のストレンジャーズ、片山ブレイカーズスクービー・ドゥー

ザ50回転ズなど、いい対バンをいっぱい見た。

 

まだ全然売れてない頃の毛皮のマリーズも見たな。

 

なんかのイベントで騒音寺の前にやってた、サミー前田という方の、

昭和歌謡やGSだけを使ったDJもめちゃくちゃカッコ良くて目からうろこだった。

 

 

 

そして2008年、私の騒音寺追っかけライフはクライマックスを迎える。

 

7月、フジロック出演決定。

 

12月、ツアーファイナル渋谷クワトロが決定。

 

 

私の胸は高鳴った。

特にフジロックは毎年行っていたので、ついにフジロック騒音寺が交差する時が来るのか、

と胸を踊らせた。

 

 

当日。

初日の苗場食堂(裏の特設ステージ)。

ここは櫓のような場所にバンドがすし詰めになって演奏する、

かなり狭いステージだったが、騒音寺にお誂え向きだと思った。

 

オアシスエリアからグリーンステージへの通路でもあるので、

通りがかりの人たちの度肝を抜いてやれ!

 

確かグリーンステージのメインアクトである、My Bloody Valentaineの真裏だったと思う。

同行してた友達は全員そっちに行ってしまったがそんなの関係ない。

 

そんな足下ばかり向いてるバンドのことなんかどうでもいい。

最高のロックンロール・ショウが待っているのだから。

 

騒音寺は期待通りのライブを見せてくれた。

歴代の苗場食堂のステージの中でも、屈指の人入りだったように思う。

狭い櫓から落ちそうなくらい身を乗り出して、

フジロッカー達を煽っていた。

 

ライブ終わり、興奮冷めやらぬ中、苗場食堂の櫓の裏側あたりでたたずんでいると、

終演後、楽屋?で一息ついている騒音寺メンバー達の姿が。

するとくるりの佐藤さんが、全員分のビールを両手に抱えながら入っていくのが見えた。

 


騒音寺 @FUJI ROCK FESTIVAL'08

 

そして12月のクワトロ。

これはその年に出たベストアルバム『THE BEST OF SOーON⭐︎G』ツアーのファイナルだったと思う。

 

会場に入り、改めて「こんな広いところでワンマンするのか」と感慨深かった。

 

まず、フラワーカンパニーズ騒音寺の『社会の窓から』を演奏。

(これもめちゃくちゃカッコよかった!)

 

そして騒音寺の面々が入場。

 

大団円だった。

セットリストも、ステージも最高のものだった。

クワトロに出るって、こんなにすごい事だったのかと実感した。

 

 

 

 

最高すぎて、その後ちょっと燃え尽きてしまった。

 

年が明けてから私は、騒音寺のライブから足が遠のいてしまった。

ツアーが終わってちょっとライブが減ったからだったかもしれない。

 

でも騒音寺はいまだに聴くとかっこいいし、

騒音寺を追っかけた中で知ったバンドも今でも好きだし、

今はもうできない、貴重な日々だったと思う。

 

 

最後に私の好きな騒音寺15曲。

 

  1. キョート・シティ・ブギ
  2. 二グロの血
  3. 狐か狸か
  4. 御行儀悪いブルース
  5. 社会の窓から
  6. ガキのくせに
  7. 道成寺
  8. 乱調秋田音頭
  9. Brandnew Guiter Blues
  10. Rock and Roll(will never die)
  11. ボディー・トーク・シャッフル
  12. 教訓1
  13. 花のセブンティー
  14. ガタゴト(タムさんが歌う曲!)
  15. 一生浮かばれぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボタニカル・ライフ』から始まった、私の植物男子遍歴

私の家は東京都心部といえば都心部に近いあたりにあるのだが、(それゆえに?)

地方の人が見たら、「なぜこんな狭いところに一戸建てを・・・!?」と

理解に苦しむような狭小住宅である。

 

当然、庭などない。

 

しかし玄関周りのわずかなスペース、隣家との境界にある小さな植え込みスペース、

2FのベランダーにDIYで作った棚の上、果てはリビングルームの隅々で、

所狭しと鉢植えを置いて、色々な植物を育てては枯らしている。

 

最近は慣れてきたのもあり、また、あまり頻繁に枯れる植物は買わないようになったので、

ローテーションは固定してきたが、それでも鉢植えにスペースができるや、

新しい植物を植えたり、種をまいたりしている。

 

もう5〜6年は続けているが、これが全然飽きない。

次から次へ育てたい植物、咲かせたい花が出てくる。

 

元々植物は好きで、一人暮らしの時分から、いや、実家にいた高校生ぐらいの頃から、

サボテンのひと鉢くらいは部屋にいつもあった。

 

しかし、本格的に「植物男子」になったのは、この本、

『ボタニカル・ライフ』(いとうせいこうを読んでからだ。

 

ミュージシャン、タレント、その他マルチな活動でその存在は元々知っていたが、

この本で書かれているような、植物を育てることに熱中し、

隅田川の辺りにあるマンションのベランダには所狭しと鉢植えが置かれ、

毎日毎日その成長に一喜一憂しながら生活しているとは、

本書を読むまで知らなかった。

 

せいこうさんは庭付き一戸建てでイングリッシュ・ガーデン風だのなんだの、

きれいに手入れされた庭を「ブルジョワ趣味」とこき下ろし(しかし実は羨しそう)、

自宅の軒先や電柱の根本、道路の植え込みの隅などに勝手にトロ箱を置いて

好きな花を育てている路地裏の婆さんに同志の意識を抱く。

 

「ガーデナー」に対して「ベランダー」と自らを呼び、

狭い、夏は暑い、乾燥する、と何かと条件の悪いベランダでの園芸を、

「いい加減に」楽しんでいる。

 

 

 

それにしてもせいこうさんの植物を観察する目は鋭く、それでいて愛に溢れている。

 

 

例えばこんな箇所。

 

本来雑草であるハーブをタネから育て、後生大事に見守っているとなかなか育たず、

ちょっと乾燥するとへばってしまう苗に呆れ、

 

なんだか朝礼で貧血になっているやつみたいな姿である。

 

そもそもが雑草であるはずのハーブが、

子育ての失敗ですっかり弱い子になってしまうのだ。

公園に出してほったらかしにしておけばいいものを、

オモチャだらけの部屋に閉じ込めて、ジュースばかり飲ませていた報いである。

自由を奪われた子供たちが我が身を捨てて親に復讐を企てているのだ。

 

 

またはこんな日も。

 

偏愛するアマリリスを甘やかすがあまり(この場合の甘やかすは球根を掘り上げて成長を止めたりせず、年中ベランダの過ごしやすいところに置いておいたこと)、

美を忘れてしまった(花を咲かせなくなってしまった)アマリリスに嘆くあまり、

新しいアマリリスの鉢を買ってしまったせいこうさん。

 

(中略)最も入れあげていたアマリリスをただの田舎くさい女にしてしまった。

 

俺は自分の至らなさに涙した。

連日ベランダに立ち、まったくもって健康第一、

それしかないアマリリス嬢の姿を見てはため息をもらした。

お前から美を奪ったのは俺だ。来年こそはお前に世間の厳しさを教え、

必ずやカムバックさせて見せる。

 

困ったことに、新しいアマリリスはその日から女優活動を始めた。

天に向かう二つの蕾がまず左右に割れ、それぞれが色づき出した。

(中略)その時点で美しさは決まったようなものだった。

 

ベランダには田舎娘がいた。

俺の庇護を受け、しかしそのせいで筋骨隆々とした容姿となって、

しかも部屋の中で暮らし始めた新しい女の活動にも気付いていない。

不憫だ。これはあまりにも不憫だ。

 

あろうことか、俺は田舎娘の前に立ちはだかってジョウロをもっていた。

やつから部屋の中が見えないような角度に立ち、

いつもと変わらぬ表情を装っている俺は不実な男であった。

 

何を楽しんでいるんだか、せいこうさん(笑)

 

この日記形式の本の全編が、せいこうさんの鋭い観察眼によって見出された、

普段はじっとみていてもほとんど何も動かない植物が、

次の日ふと見ると劇的な変化を遂げたりしている瞬間に感じた感動と、

そこから引き出された豊かな想像で彩られている。

 

そして私も、ページをめくるたびに、「あるある!」という共感と、

「そこまで考えたことないわ!」という驚きが交互に現れ、

1ページも飽きることがない。

 

そして読み終わると、猛烈に新しい植物の鉢を買いに行きたくなるのだ。

 

私はそれに加えて、私はこのような植物についてエッセイ、小説、学術書、図鑑に至るまで、

「植物本」にもはまっていくことになった。

 

それはまた別の記事で書こうかと思う。

 

 

最後に、本書で一番ハッとした言葉。

 

人間はゆっくり成長して、突然死んでしまうが、

植物は突然猛烈な勢いで成長していって、

いつの間にか、ゆっくり時間をかけて死んでいく。

 

 

この見立て、すごくないですか?

 

 

 

ボタニカル・ライフ-植物生活 (新潮文庫)

ボタニカル・ライフ-植物生活 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

『ロックの神様』久保憲司とSNOOZER誌のディスクガイドを熟読してた

大学の頃、『SNOOZER』という音楽雑誌を愛読していた。

 

今もサインマグなどの媒体で活躍している、田中宗一郎氏が編集長だった洋楽誌で、

ロッキンオンと似ていたが、よりトガったアーティストがセレクトされる傾向が強く、

ジャンルもロックだけじゃなくテクノやハウスなどのダンスミュージック系も多かった。

また、特定の日本のアーティストも取り上げていた。

 

つまりはタナソウ氏の好みが直接的に反映された雑誌で、

気に入らないアーティストは徹底的にこき下ろされていた。

また、誌面の随所にロッキンオン誌への対抗意識が露呈していて、

それもおもしろポイントだった。

 

CLUB SNOOZERというDJイベントもあって、それも数回行ったことがある。

確か最初は新宿コマ劇場裏にあった時代のLIQUIDROOMでやっていて、

移転後はいろいろな場所でやっていた。

 

SNOOZER誌もクラスヌも思い出がいっぱいだ。

ここで知った音楽は本当にたくさんある。

 

ロッキンオン的な正統ロックリスナー(オアシス、コールドプレイなど)だった私だが、

SNOOZERと出会って随分ジャンルが広がった。

 

BOOM BOOM SATELITES、HERBERT、The Avalanchesなんかは

SNOOZER読んでなかったら聞かなかったと思う。

 

WINO(JUN)、Jerry Lee PhantomなんかもSNOOZERでしか盛り上がってなかったような。

 

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さて、そんなSNOOZER誌で映画批評のコラムを持っていたのが、

ロック・フォトグラファーの久保賢司さんだ。

 

クボケンさんは17歳で単身ロンドンに渡り、

ロック雑誌の編集部に単身乗り込んで写真の仕事を得て、

数々の伝説のライブ現場に立ち会い・・・

という大変にアクティブな人で、

帰国後はライターやイベントのオーガナイザーとしても活躍している。

 

SMASHの日高さんが初めてグラストンベリーを視察に来たときにも同行して、

通訳を兼ねつつちゃっかり遊び倒したり、

ジーザス・アンド・メリーチェーンの数人しかいない最初期のライブを目撃したり、

セカンド・サマー・オブ・ラブを現地で体験して、

帰国してからは芝浦GOLDでクラブ・ヴィーナスというアシッド・ハウスの

イベントを始めて、デリック・メイやアンドリュー・ウェザオールを呼んだり、

そのフットワークで数々の伝説にふらりと立ち会っている、

ロック現代史の生き証人のような人である。

 

そんなクボケンさんの音楽エッセイ、『ロックの神様』を私は大好きで、

大学時代は何度も読み返した。

 

 

クボケンさんは渡英前、パンクバンドをやっていて、

憧れていた町田町蔵のライブの前座をしたりしている。

つくづくすごい行動力の人だ。

 

この本の巻末に、クボケンさんとタナソウさんの対談が収録されている。

 

二人の出会いはタナソウさんがロッキンオン誌の副編集長だった頃、

クボケンさんにプライマル・スクリームの記事を書いてもらったときだそう。

 

タナソウさんがクボケンさんの書いた文章にめっちゃ赤字を入れたところ、

その記事が載ったロッキンオンを見たクボケンさんの友達から、

「お前、めっちゃ文章うまいねんな」

とめっちゃ電話かかってきた、というエピソードが好きだ。

 

また、タナソウさんは入稿前の忙しい時期にしょっちゅう行方をくらましていたらしく、

後になって聞くと、

「海を見に行ってた」

と答えているのを見て、「副編集長なのにいいのかなな」と思ってた、

というエピソードも(笑)。

 

 

同じ時期にSNOOZER編集部が出したディスクガイド、

The Essencial Disc Guide 2004  あなたのライフを変えるかもしれない300枚のレコード』も熟読した。

 

2003年のSNOOZER誌選出のベスト50アルバムを紹介し、それぞれのアルバムについて、

これが好きだったらこれも聞くべき、もしくは、

このアルバムの参照元となった過去の名作、

などが芋づる式に紹介されている、なかなか画期的な構成のディスクガイドだ。

 

 

例えば私の大好きだったThe Rapture『Echoes』に紐づけられているのは、

 

PUBLIC IMAGE LTD.  『Metal Box(Second Edition)』

THE KINGSMEN 『The very vest of the Kingsmen』

PSYCHEBFC   『Elements 1989ー1990』

ROXY MUSIC 『For your Pleasure』

MU『afro finger and gel』

CAN  『Future Days』

DURAN DURAN  『DURAN DURAN

 

一見脈絡なさそうなアルバムも混じっているが、

そこに文脈を見つけ、結びつけるのがタナソウさんの腕の見せ所。

 

これを読んで当時の私のJANIS通いは加速するのだった・・・

 

 

と言いつつこれを書きながら思ったが、上記のリストで実際に聞いてみたのって、

キングスメンとMUだけだな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルサはストライカーをどうするのか? スアレスとグリーズマンの個人的思い出

ルイス・スアレス選手がアトレチコ・マドリードに移籍した最初の試合で、

いきなり2ゴールを挙げる活躍をしました。

 

私にとっては何も驚くことではありません。

スアレスは今なおリーガで15〜20点は確実に計算できるトップストライカーであり、

その得点感覚やシュート技術はほとんど衰えを見せていないからです。

 

いろんな政治が絡みあってのことだと思いますが、

バルセロナがなぜあんな無下にスアレスを放出したのか理解できません。

年齢や衰え、契約年数のこともあるでしょうけど、

スアレス以上のストライカーを即戦力で連れてくることは、

今のバルセロナには不可能です。

 

なぜ放出してしまったのでしょうか??

 

最近はワンタッチストライカーのイメージも強いスアレスですが、

私はスアレスのドリブルが好きです。

 

あの低い重心、南米特有の、最近のサッカーではあまり見られない、深い鋭角の切り返し。

 

 

スアレスを初めて見たのは確か2010年か、2011年、アヤックスに在籍してた頃です。

 

確か右ウイングをしていたが、めちゃくちゃ点を取っていました。

確かエールディビジで年間30点以上とったと言ってた気がします。

 

右サイドから一人、二人は軽々と抜き去ってそのままシュートを打っていました。

股抜きも一試合に何回も多用してて、一人だけレベルが違っていました。

 

本人もわかっていたのか、相手にも自分のチームの味方にも苛立っているように見えました。

実際、アヤックスも「チーム・スアレス」と言う感じでした。

 

これはすぐにビッグクラブに移籍するな、と思いました。

 

そうしたらやっぱりすぐにリバプールに移って、

そこからの活躍は言うまでもありません。

 

ちなみにスアレスと言えば悪童としても有名で、

特に2010年W杯の準々決勝、ガーナ戦での相手シュートをハンドで止めて退場になった件と、

2014年W杯、イタリア戦でのキエッリーニへの噛みつき事件での退場が知られています。

 

私は噛みつきに関しては、馬鹿なことを・・・としか思えませんが、

ガーナ戦のハンドについては、非常に合理的かつ、利他的行動だと評価しています。

 

あそこで手を出さなければ確実に敗退していたわけだし、

自分が退場になっても延長で勝てる可能性がある、と踏んで実行したわけなので、

少しでも可能性の高い選択を選んだ合理的行動に過ぎません。

 

倫理的な面から言っても、ルールの裁きを受けているわけですから、

それ以上でも以下でもないと思います。

 

と言うかあの場面で手が出ないような選手、あの場面で手で止めることを卑怯と思う方は、

サッカーというスポーツには向いていないように思います。

 

サッカーはルールのギリギリのところで、いかに騙し合うか、出し抜くか、

ということを90分間ずっと考えるスポーツなのです。

 

 

 

話がそれました。移籍の話に戻ります。

 

スアレス級のストライカーはそもそもほとんど存在してません。

しかもメッシとのコンビネーションを図れる選手となると、

もう選択肢はないに等しいのではないでしょうか。

アグエロ? ラウタロ

 

 

それともグリーズマンセンターフォワードに据えようとしているのでしょうか??

 

グリーズマンバルセロナに来て以来、ずっと萎縮してプレーしているように見えます。

ソシエダの頃のヤンチャな仕掛けも影を潜めていますし、

表情もいつも曇ってます。

 

 

私が唯一、ヨーロッパサッカーを生観戦したことがあるのが、

カンプノウでのバルセロナの試合なのですが、

その時の相手チームはレアル・ソシエダで、左サイドに若きグリーズマンがいました。

 

試合は2013年当時のベストメンバーでホームゲームに臨んだバルサが開始直後から圧倒し、

前半だけで4−0になってしまうワンサイドゲームですが、

左サイドで一人気を吐いていたのがグリーズマンでした。

 

彼はまだ無名の若者にも関わらず、カンプノウの6万人のブーイングにも負けず、

ボールを持つと必ずダニエウ・アウベスに仕掛けてました。

 

だいたい囲まれて潰されてましたが、何度も執拗に仕掛ける姿に、

すごいメンタルだな〜と感心したのを覚えてます。

 

試合は後半、左サイドを強引に突破したグリーズマンが角度のないところから

シュートを突き刺し、一矢報いました。

 

 

そんなグリーズマンアトレチコでの活躍を経て、今はバルサという因果です。

アトレチコに去ったスアレスの代わりとなれるのでしょうか?

 

 

あの頃のヤンチャなグリーズマンに戻って、バルサでも暴れて欲しいです。

スアレスの代わりなんだし。

 

 

 

 

 

 

ANN「お笑いウィーク」での若い世代の新鮮な面白さに、なんだか考えてしまった話

先週はニッポン放送が「お笑いラジオスターウィーク」と銘打ち、

オールナイトニッポンとゼロが全て芸人、という1週間でした。

 

そのため私の好きな『佐久間宣行ANN0』はなかったけれど、

代わりに登場した芸人の単発の番組が大変面白かったので、

記録しておきます。

 

『マヂカル・ラブリーANN0』

正直、Mー1の決勝や敗者復活戦で見ていたときはほとんど印象に残っていなかったけれど、

最近ゴットタンや勇者ああああで野田クリスタルさんを見かけて、

その異様な存在感、というか異物感に遅まきながら私も薄々気付き始めていた。

 

特にあのマッチョな体に、

ゲームオタクかつ、プログラミングで自作ゲーム(野田ゲー)を作っているという

ミスマッチな特技が同居している、

互いにトゥーマッチなものが引っ張り合っている気持ちの悪いエネルギーが漲っている感じ。

 

そして意外にも抑制された、達者な喋りでそれらを無理やり統合している感じ。

 

しかしそのどれもが一般受けしていない、鬱屈とした雰囲気。

 

それらにピントが合い始めた私は、野田クリスタルさんの面白さにハマってしまいました。

 

芸人(芸人ラジオ)は実力はあるけど売れてない鬱屈としたタイミングが、

最も面白い時期だと思いますが、彼らはまさにそんな時期でしょうか。

 

ラジオ的には2人の声が明確に違うのも聞きやすくて良いです。

 

アルピー酒井さんのエピソードトークが転がっていって、

最後まで膨らんでいく展開も深夜ラジオの王道でした。

 

今年聞いた芸人ラジオでは、彼らや鬼越トマホーク、ぺこぱが面白かったです。

(野田さんも言ってましたが)

 

この3組には次の世代の深夜ラジオを担って欲しいなと思います。

 

 

 

『コント村 ANN0』

コント村とはゾフィー・上田、かが屋・加賀、ハナコ・秋山、ザ・マミィ・林田からなる

コントユニットだそうです。

 

これまたゴットタンでその存在を知りましたが、

第7世代はもう自分の世代ではないという気遅れ感があり、

それぞれのコンビについてあまり詳しく見たことがありませんでした。

 

内容についてはとにかく短いコントを何本も流す、という構成で、

トークの間も惜しいという感じでコントを詰め込んでました。

 

これもゴットタンで確かニューヨークが言ってたことですが、

「第7世代とその上の世代の違いは、頑張ってる姿を見せるかどうか」

だそうです。

 

まさにこの番組で彼らは、自分たちがどれだけコントが好きか、

どれだけコントを頑張って書いてきたか、そしてコントを演じるのがどれだけ楽しいか、

を恥もてらいもなく表明しています。

 

それは「頑張ってるところを出すのが恥ずかしい」という暗黙の了解がある、

上の世代の芸人(私もこちらの方が共感出来てしまう世代ですが・・)

とは明らかに違うスタンスです。

 

 

今の20代以下の若い世代は、自分の好きなものがマニアックであったり、

オタク的なものであることに我々世代ほど抵抗がないように思います。

 

むしろ自分がどれだけその一般受けしない対象に没入し、熱中しているか、

が大事であり、そうであればあるほどカッコ良い、的な風潮さえ感じる時があります。

 

オタクの一般化とでも言えるのでしょうか。

オタクであることは青春の一要件でさえあるようです。

 

それについてはいい点も悪い点もあると思います。

どちらが優れているという話ではないです。

 

実際、コントそのものは世代の違いを感じることなく、

どれも面白かったです。

 

この番組はまさに、そんな若きコント・オタクたちのエネルギーが、

ストレートに投入された番組でした。

 

 

『フワちゃん ANN0』

最後はフワちゃんです。

 

フワちゃんはちょっと前にYoutubeで知って以来、すぐにファンになりました。

 

最初にセブ島に英語の短期留学に行く回を見たのですが、

意外に英語がうまいフワちゃん。

 

それはさておき、当然ラジオも型破りな放送に。

 

フリートークがないと言ってわめきだす、

曲をかけたら一緒に歌い出す、

そのくせCM明けのジングルや架空CM?は念入りに作り込んでいる、など。

 

めちゃくちゃな放送でしたが、なぜか終わった後、

「これは面白かった!」となりました。

 

なぜか。

多分フワちゃんは確信犯で、自信を持ってめちゃくちゃしているからです。

 

なぜ確信的なのか。

それはフワちゃんがある世代の、

ある趣向の人たちの「ノリ」を確実に代弁しているからです。(八王子のギャル?)

 

フワちゃんのノリが既存のテレビやラジオより面白い!と思える層が確実におり、

フワちゃん自身も彼ら彼女らが自分の後ろにいることに自覚的だからこそ、

自信を持ってあのノリを続けられるのだと思います。

 

「つまらないのはあんた達。うちらは最高に面白い」

 

と全身全霊で言ってるように思えます。

 

私はフワちゃんのノリがドンピシャな層ではもちろんありませんが、

自分達が面白いと思うことを確信的に貫き通すフワちゃんを傍目に見ているのは爽快で、

ワクワクしてきます。

 

フワちゃんの主戦場は元々はYoutubeでしたが、

Youtubeの視聴環境というのは、一家団欒のお茶の間の象徴であったテレビとは違って、

自分の部屋で、一人でスマホやPCに向かって見る、というのが多いと思います。

 

つまりYoutubeはそもそも寂しいのです。

 

だからこそ、あのフワちゃんの底抜けの明るさ、やかましさ、派手さが受け入れられたのだと私は思います。フワちゃんはYoutubeで見るとしっくりきます。

 

テレビのお約束に絡めとられずに、これからも頑張って欲しいです。

 

 

 

そんなこんなで3本立て続けに聞いたら、

若い世代のエネルギーに当てられてしまって、

東野やくりぃむ、漫才サミットのANNはなんだか聞く気が起きず仕舞いに

なってしまいました。。。

 

 

 

 

 

 

 

MANGA都市TOKYO展を見に行って、その後漫画を買って帰った休日

先日、久々に有給が取れました。

 

子供達も保育園、妻も仕事だったので、久々に1人でまる1日使える時間ができました。

 

何をしようか・・・

 

しばらく考えて、新国立美術館で開催されている、

『MANGA都市TOKYO展』を見に行くことにしました。

 

ちょっと気になっていたんですけど、赤ちゃん連れで行くわけにもいかず、

諦めていたんですが、行くなら今日しかねえ!

とすぐにチケットをゲット。

 

入場を制限しているとのことでしたが、めちゃくちゃ空きがありました。

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実際、広々としたスペースに人がまばらにしかおらず、

快適にみることが出来ました。

 

まず入って圧倒されるのが、巨大な東京のジオラマ

 

これを見たかったので、入ってすぐ8割満たされました。

 

展示はゴジラの昔から、日本のアニメ、特撮、ゲームなどに見られる「東京」が、

作品の舞台装置としてどのような役割を果たしてきたか、

また逆にそれらのフィクションが現実の「東京」のいろいろな場所の

イメージにどのような影響を与えてきたか、

というテーマが時系列的に展示されており、

東京のイメージや役割がどのように変わってきたかの変遷が興味深かったですが、

さらには現実の東京に対するフィクションの影響度がどんどん増しているという

逆転現象?も感じられ、東京という街(ひいてが日本全体)が、

もはやアニメに代表されるようなソフト、ポップカルチャー抜きには十分に語れない

存在となっていることを実感。

 

今後はピンポイントでローカルな場所であるほど、

舞台としての魅力が増し、ファンの愛着が湧く、という傾向が進みそうです。

 

かむろ坂やパルム商店街を舞台にしたアニメ出来ないかな。

 

 

 

最近のアニメやゲームには全くついていけてない私ですが、

この展示で、見てみたい作品がいくつもありました。

 

火要鎮』(大友克洋)、『秒速5センチメートル』(新海誠)、『機動警察パトレイバー』(押井守)、『千年女優』(今敏)などなど。

 

有名なやつばかりですね多分。

 

そもそも『AKIRA』も『エヴァンゲリオン』も『君の名は』もまともに見たことありません・・・。

 

20歳くらいから、どういうわけか活字表現の方が親しみやすくなっていき、

漫画を読まなくなってしまい、

そうしているうちに漫画・アニメ文化の成熟に全く取り残されてしまいました。

 

ラブライブ!』や初音ミクにも東京を巡る文脈があるとはつゆ知らず、

全く敬遠しておりました。非文化的態度と反省します。

 

 

 

 

反省したから、というわけではないですが、

帰りに立ち寄った下北沢ヴィレッジバンガードで、

黒田硫黄氏の短編集『きょうのカプセル』を見つけて購入しました。

 

黒田硫黄氏は漫画を読まなくなった私の、

数少ない(というか唯一の)新刊を追いかけている作家です。

 

特に短編集はハズレがなく、コラムや日記のような2ページくらいの漫画に至るまで、

隅から隅まで読み応えがあります。

 

氏の作品では『茄子』が最高傑作だと私は思いますが、

短編集も同じくらい好きです。

というより『茄子』は短編集をオムニバス映画的につなぎ合わせたもの、

という印象です。

 

今回はSF的な作品多めですが、日常がいきなりSF的展開に横滑りしてって、

荒唐無稽な世界に猛スピードで突っ込んでいきながら、

最後は人間のよくあるな感情、気持ち、機微みたいなものをさらっと感じさせて、

余韻を残して終わる、という黒田ワールドがきっちり展開されていました。

 

 

きょうのカプセル (ワイドKC)

きょうのカプセル (ワイドKC)

  • 作者:黒田 硫黄
  • 発売日: 2018/11/22
  • メディア: コミック
 

 

漫画のことをあれこれ考えたり、読んだりしているうちに休みの1日が終わりました。

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパサッカー新シーズン開幕! リーズがプレミアに戻ってきた!

ヨーロッパのサッカーシーズンがついに始まりました。

 

今年は当然のことながらだいぶイレギュラーな日程で、

各リーグとも全チーム一斉に第1節を迎えられたわけではないようです。

 

そりゃそうですよね、なんたって今年は昨季(2019-2020シーズン)の終盤が

コロナの影響で丸々延期になってしまい、6月ごろにそ〜っと再開されたものの、

チャンピオンズリーグも例年のホーム&アウェイ方式をやめて、

準々決勝以降は決勝戦の開催地、リスボンに全チームを集めての全試合一発勝負、

しかも無観客、というレギュレーションでなんとか開催にこぎつけて、

勝戦が終わったのが8月23日、という前代未聞のイレギュラーっぷりだった。

 

例年ヨーロッパのサッカーは9月(一部8月半ば)に開幕し、

翌年の5月、遅くても6月初頭には終了、

その後、選手は移籍のドタバタを移籍期限最終日まで繰り広げたり、

イビザ島などのヨーロッパのバカンス地でめいめいのサマーバケーションを堪能したりする。

 

そのサマーバケーションが今年はなかった。

特にチャンピオンズリーグ準準決勝に残ったチームは。(ELも)

 

しかもコロナの第一波中、ヨーロッパのほとんどの国は厳しいロックダウンを行い、

サッカー選手は試合ができないどころか、チームが集まって練習することもできなかった。

 

家でトレーニングといっても限界があるだろうし、

7月に再開されたリーグやCL、ELを見ても、

どう見てもコンディションがピークじゃないだろう選手が

多かったような気がする。また、実際、怪我も多かった。

 

 

そんな状態のまま、しっかり休むことも、チームとしてじっくり練習することも

ままならないまま突入した2020−2021シーズン。

 

選手には怪我をしないようしっかり休んで欲しかったし、

もう少し慎重に再開した方が良かったんじゃないの、

という気持ちもあるにはあるけれど、

やはり主要リーグが続々開幕を迎えると、ワクワクしてしまう。

 

 

イングランド・プレミアリーグの開幕節、

昨年の王者リバプールに、昇格組のリーズ・ユナイテッドがいきなりぶつけられていた。

 

昨年のスカッドがほぼそのまま残り、なおかつ南野など昨季途中で入った新戦力も徐々に

フィットしつつあるリバプールに、今季17年ぶりに昇格したリーズはさすがに酷だろう、

と思ったが・・・。

 

 

リーズは降格する直前の2000年代初頭、一大旋風を巻き起こした。

 

 

リオ・ファーディナンドイアン・ハートハリー・キューウェルアラン・スミスといったイキのいい若手が次々に登場した。

 

それはまさに90年代、デヴィッド・ベッカムポール・スコールズライアン・ギグス

ニッキー・バット、ネビル兄弟などの若手が次々に台頭し、

ついには欧州の頂点に立った頃のマンチェスター・ユナイテッド

「ヤング・ガンズ」と呼ばれていたことを彷彿とさせるものがあり、

実際「ヤング・リーズ」と呼ばれたりもしていた。

 

一時はチャンピオンズリーグ準決勝まで進む躍進を見せるものの、

過剰な投資がたたり財政難に陥り、主力選手を次々に放出。

ファーディナンドやスミスはマンチェスター・ユナイテッドに移籍した)

 

2004年の降格を最後にプレミアの舞台に上がってくることはなかった。

 

 

そのリーズがようやくプレミアに戻ってきたのだ。

 

 

私が大学生だったあの頃のリーズのように、派手なメンバーではない。

しかし開幕戦のピッチに散らばり、開始の笛とともに猛然と走り出す11人を見て、

もう一つ重要な事実を思い出した。

 

 

彼らは2018年から、マルセロ・ビエルサ監督によって作られてきたチームということを。

 

 

フットボール界の奇人」

「戦術マニアで自宅に世界中の試合を記録したビデオが数万本ある」

「というか練習場の監督室に寝泊りしている」

 

など、数々の逸話で知られるマルセロ・ビエルサ監督は自他共に認める戦術マニアだ。

 

その偏狭的とも言える戦術へのこだわりっぷりと、

自らの戦術の完璧な遂行のためには選手にも組織にも会長にも一切妥協しない頑固っぷりで、

それがうまくハマれば無名な選手ばかりでもとんでもないチームを作ってくるし、

ハマらなければすぐに誰かと喧嘩して決別してしまう鬼才。

 

2010年の南アフリカW杯の時、彼はチリ代表を率いてベスト16に進出したが、

アレクシス・サンチェスビダル、イスラ、ボーセジュールといった若い選手たちが、

攻撃の際にどんどん人が後ろからボールを追い越して上がっていく新鮮なサッカーを見た

解説の山本昌邦さんが、

 

「このコンセプトをどうやって選手たちに理解させたのか、

どういう練習をして落とし込んだのか、全く想像できない。」

 

と仰っていたのを思い出す。

今のリーズはそんな一筋縄ではいかない男、ビエルサが2年かけて作ってきたチームなのだ。

 

 

そしてこの試合。

戦術には疎い私も開始10〜15分ですぐに気づいた。

フィールドの10人全員が完全なマンマークを行なっていることに。

 

プロというか大人の試合ではほとんど見かけない、全員マンマーク戦術。

小学生の試合でよくみるけど、それをトップレベルのプロ選手がやる目的って何なのか、

私には真意を図りかねるが、確実にリバプールの選手は戸惑っているようだ。

また、ボールを奪うと一気に後方の選手がボールを追い越して上がってくる動きも健在だ。

 

なんか攻守に過剰にダイナミック。

90分持つんだろうか、と心配しながらも、最高にスリリングだ。

知らない選手ばかりだったのにいつの間にか応援していた。

 

試合は点の取り合いになり、最後はリバプールがなんとか突き放して、

4−3で勝ったけど、誰もが思ったはずだ。

 

今年のリーズはひと暴れするぞ、と。

 

 

 

リーズがようやくプレミアに戻ってきた。

今季もヨーロッパサッカー、楽しめそうだ。